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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5698号 中間判決

中間判決

原告

長谷川隆敏

右代理人

坂根徳博

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代理人

加藤了

右当事者間の損害賠償請求事件における本案前の争いについて、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件訴は、原告と有限会社大門運送店との間の訴(当庁昭和四四年(ワ)第五六九八号の訴のうち中間判決をするために分離した部分)と口頭弁論を併合するならば、適法である。

事実

原告は、自動車を運転中、訴外有限会社大門運送店(中間判決をするため口頭弁論を分離する前の相被告、以下旧相被告という。)が運行の用に供していた自動車に追突され、人身損害を受けたとして、旧相被告に対し自賠法三条に基づく損害賠償請求訴訟を提起すると同時に、被告に対し民法第四二三条により右損害賠償請求権を保全するため、旧相被告に代位して、旧相被告と被告との間の右自動車に関する対人賠償責任保険契約に基づく保険金請求訴訟を提起した。その請求の趣旨は、旧相被告に対しては、「四一五万円およびうち三五八万円に対する昭和四四年一月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払い」を、被告に対しては、「二〇〇万円およびこれに対する第一審訴訟口頭弁論終結の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払い」を、求めるにあるが、請求の原因によれば、右の金額の相違は、右保険契約の保険金額が二〇〇万円であることに基づく。

被告は、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のように主張した。

一  本件訴は、民訴法第二二六条の要件を欠き不適法である。

本件訴の訴訟物である・旧相被告の被告に対する保険金請求権は、左記のとおり、未だ発生していないのであるから、本件訴は、いわゆる将来の給付の訴に属し、同法条によると、右訴は「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合」に限つてこれを提起しうるものであるところ、被告が将来確実に損害を填補するであろうことは、訴訟法的にも明確な事実であるから、本件訴は、右にいう「必要アル場合」にあたらない。

(一)  責任保険は、第三者たる被害者に発生した損害の填補それ自体を目的とするものではなく、加害者たる被保険者が第三者に対して一定の財産的給付をなすべき法的責任を負担したことにより被る損害を填補することを目的とするものである。したがつて、責任保険における保険金請求権の発生は、被害者たる第三者の加害者たる被保険者に対する不法行為責任の有無およびその範囲が確定することを当然の前提とするものであつて、その確定前に保険金請求権が発生すると解することは、責任保険の本質に反する。

(二)  保険者の自主法規ともいうべき自動車保険普通保険約款第二章第一条第一項本文は、「当会社は、被保険者が下記各号の事由により、法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を賠償責任条項および一般条項に従いてん補する責に任ずる。」と規定する。

おもうに、現行約款の規定は、旧普通保険約款第二条第二項が「被保険者ガ法律上ノ損害賠償義務ニ基キ之ヲ賠償シタルトキ」に保険金請求権の発生することを明示していたのに対し、右請求権の発生時期そのものを明確に規定していないから、保険金請求権の発生時期について若干の疑義があるかのごとくみられないではない。しかし、右(一)に述べたように、責任保険本来の趣旨をかえりみればもとより、旧約款から現行約款への改正におかれた改正趣旨(保険金請求権の発生時期についてとくに明示はしなかつたが、保険金請求権の発生時期について被害者の加害者に対する損害額の確定を前提としていた。)、さらには、現行約款の文理解釈等に徴するとき、現行約款において、保険金請求権の発生が法律上の損害額の確定をいわば当然の前提としていることは明白である。そのことは、自賠法第一一条、第一五条、第一六条と対比してみれば容易に観取しうるところであり、また、次のようなことからも是認しうるのである。

1  各損害保険会社では、保険金請求権の発生時期を、第三者と被保険者との間の損害賠償責任および賠償額が確定した時――すなわち、示談の成立または判決の確定した時――とみて、これを前提に諸般の手続をすすめており、この解釈ないし取扱いは実務上の慣習ないし慣行となつている。

このような慣習ないし慣行は、現行約款の不備を単に補充するにとどまらず、関係当事者間の法的確信に支えられたものとして、現に存在するのである。

2  保険金請求権の消滅時効の起算点は、被保険者において示談契約をして損害賠償債務を負担した時と解されている。これは、保険金請求権が法律上の損害額確定を当然の前提としているものにほかならない。もしも、損害額の確定する以前に保険金請求権が発生すると解するならば、消滅時効は、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」(民法第一六六条第一項)るのであるから、被保険者が応訴したとき、商法第六六三条に規定する二年の短期消滅時効は容易に経過し、損害額が確定したときは、保険金請求権が時効により消滅していたという極めて不合理な結果を招来する。

3  現行約款第二章第一条第二項は、自動車がいわゆる自賠責保険の契約を強制されている自動車である場合の損害について、「当会社は、その損害の額が同法に基き支払われる金額を超過する場合に限りその超過額をてん補する責に任ずる。」と規定する。損害額が自賠責保険を超過するか否かは、自動車事故の発生時ないし被害者の被保険者に対する請求の時点では全く不明であつて、被保険者の被害者に対する損害額が確定してはじめて自賠責保険でてん補さるべき金額が定まり、したがつて、任意保険の保険金請求権が発生し、かつ、その請求部分が特定されるのである。

4  現行約款第三章第一一条第一項(7)に「あらかじめ当会社の承認を得ないで損害賠償責任の全部または一部を承認しないこと。」という規定があり、もし、被保険者が正当な理由なく右条項に違反したときは、「当会社が損害賠償責任がないと認めた部分を控除して、てん補額を決定する。」(同条第二項)ことになつているが、これらの規定が被害者と被保険者との間において示談が成立することを保険金請求権発生の必須の要件とするものであることは明らかである。

5  このほか、損害の防止・軽減義務条項(第三章第一一条第一項(1))、事故発生報告義務条項(同条項(2))、調査協力義務条項(同条項(4))および権利保全手続義務条項(同条項(6))は、保険金請求権の発生時期を法律上の損害額確定のときにおいて規定されたものである。

(三)  不法行為の場合、事故発生直後においては、加害者の責任の有無および損害の範囲が明白でないのが通例であり、とくに後遺障害を残すような場合は、損害額が容易に確定しないのが常態である。したがつて、このような把握不能の損害を明確かつ現実的損害と解することは明らかに失当である。

(四)  もし、不法行為の発生と同時に保険金請求権が発生すると解するならば、それは単に責任保険における叙上の理論を見誤るばかりでなく、いたずらに保険会社の手続を煩雑化し、さらには、到るところで混乱と紛争とを生ぜずにはおかないであろう。

二  本件訴は、民訴法第五九条の要件を欠き不適法である。

原告の旧相被告に対する請求権は、不法行為に基づく損害賠償請求権であり、被告に対する請求権は、保険金請求権であつて、本件は、異別の訴訟物について被告への訴と旧相被告への訴とを主観的に併合するものである。しかし、同法条は、請求権が数人に共通もしくは同一または同種の権利義務関係にたつことを併合の要件としているところ、本件は、右損害賠償請求訴訟が確定し、かつ、債権者代位権行使の要件を充足することによつてはじめて認められる保険金請求訴訟を右損害賠償訴訟と併合することによつて訴訟法上有効たらしめようとするものであつて、右各請求権の間には実体法上なんら関連性があるわけではない。しかも、保険金請求訴訟は、加害者に対する現実的履行の不能を条件とする副位的請求であるから、実質的には、主観的予備的請求に通ずる。同法条は、右のごとき主観的併合を認める趣旨ではない。もし、本件併合を、適法とするならば、一般債権者が保険契約者に対する請求と保険金請求の代位請求とを併合して訴を提起しうることを是認せざるを得なくなるが、この帰結は、まことに許容しがたいことである。

なお、原告は、被告の右主張に対し、保険金請求権は自動車事故の発生と同時に発生し、遅くとも本件口頭弁論終結の日までに履行期が到来するから、本件訴は適法である旨の見解を陳述した。

理由

一本件は、元来、自動車事故の被害者たる原告が、加害者たる旧相被告に対し損害賠償の請求をすると同時に、これに併合して、右請求権に基づき旧相被告が被保険者として被告保険会社に対して有する保険金請求権を民法第四二三条により代位して行使する訴を提起したのに対し、被告から右後者の訴の適法性が争われたものであるが、最近同種の事案が多数係属している事実は当裁判所が職務上知悉するところであるので、この機会に中間判決をすることによりこの問題についての当裁判所の態度を明らかにするため、保険金請求の訴の部分につき口頭弁論を分離したものである。

二被告が本件訴を不適法と主張する理由はいろいろあるが、その根本は、被害者と加害者との間で損害賠償額の確定していることが保険金請求権行使の不可缺の前提である、との主張にあると解せられる。そこで、この点から検討してゆくことにする。

(1)  被告と旧相被告との間の本件自動車対人賠償責任保険契約(いわゆる任意保険の一種)は、自動車保険普通保険約款(以下現行約款という。)第二章および第三章の各条項を主たる内容とし、自動車に関する事故によつて被保険者たる旧相被告が「法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害」(同約款第二章第一条)を保険者たる被告が填補することを目的とする責任保険契約である。ところで、責任保険は、損害保険の一種であるから、保険事故が発生し、被保険者に保険損害の生ずることが保険金請求権行使のために必要であることはいうまでもない。

(2)  しかし、責任保険は、保険損害の概念において他の損害保険とは趣を異にする面がある。後者においては、保険事故の原因たるべき事故によつて被保険者に生じた損害は、そのまま保険者に対して填補を要求しうる損害なのであり、両者間に査定の問題を残すに過ぎない。ところが、前者にあつては、保険事故の原因たるべき事故によつてまず損害を生ずるのは保険契約当事者外の第三者たる被害者の身上なのであり、これに対する賠償責任の存否および程度の判断を経由した後はじめて被保険者の損害を観念しうる。すなわち、責任保険においては、被害者と加害者との間の関係(以下、責任関係という。)と加害者たる被保険者と保険者との間の関係(以下、保険関係という。)との二段構えがあり、その前者において定められる賠償責任額が後者における保険金支払額の基準となる関係にある(保険金額の枠があり、また保険関係における独自の抗弁もありうるので、両金額はもとより当然に一致するわけではないが、保険金支払額は責任関係における確定額を前提とし、これを超える必要がないという意味では、基準性を云々しうる。)。

(3)  のみならず、責任関係における賠償責任額の確定自体にも問題がある。すなわち、賠償責任の存否および程度の判断は、契約関係に基づく金銭債務の場合と異なり、責任の存在そのものには別段争いのない場合であつても、その程度については争いが残るのが通常であつて、損害額の算定や過失相殺の判断などを経てはじめて具体的な賠償責任額が確定されるのである。人身事故による損害賠償責任は、人身死傷の結果を生じると同時に発生し即時履行期に達するのであるから、賠償されるべき額は、確定されたあとから見れば、死傷事故発生の当初から一定額として存在したように観念されるのであるが、実際上は、示談で終るにせよ裁判にまで訴えるにせよ、右確定手続をまつてはじめて、すなわち抽象的に賠償責任が発生したとされる事故時よりも後の時点において、具体化するのである。

(4)  右のように、責任関係と保険関係とが二段構えになつているうえ、責任関係における賠償責任の発生および賠償額の確定も二つの時点に跨がることになるので、一口に「法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害の填補」とか「保険事故が発生し被保険者に保損険害が生じること」とかいつても、事実上それが何を意味するのか明確でない場合が少なくない。そこで、責任保険においては、保険金請求権行使の具体的な前提条件を約款で規定するのが通例である。例えば、自賠責保険は、責任関係における賠償額確定の手続とは無関係に、被害者が保険者に損害填補を要求することを認め、いわゆる直接請求権を規定する一方、被保険者たる加害者からの保険者に対する保険金請求については、その前提として、被保険者が責任関係における確定賠償額を被害者に支払うことを要求し、いわゆる先履行主義をとつているのである。ところが、任意保険の現行約款にはこの点に関する特約条項はなく、すべてが前記第二章第一条の方言の解釈にかかるのであつて、本件の争いは、結局この現行約款の不備に由来するのである。したがつて、問題は、責任保険契約において、保険金請求権行使の前提条件につき特約がない場合、いかなる事実をもつて右前提条件と解するのが責任保険の本質上合理的であるかということに帰する。

(5)  当裁判所は、被害者と加害者との間で賠償額の確定されることが保険金請求権行使の前提条件になると解するのであるが、その理由は次のとおりである。

(イ)  現行約款は、昭和四〇年八月以来損害保険各社共通に使用されているのであるが、それ以前昭和二二年来の旧統一約款では、被保険者が被害者に対し「法律上の損害賠償債務……を賠償したるとき」に保険金請求権を行使しうるのを原則としていた。すなわち、旧約款の下では、先に例示した自賠責保険の場合と同様、いわゆる先履行主義がとられていたのであり、そして、責任の履行を条件とすることは加害者が無資力の場合被害者の保護に欠けるとして、この条件を撤廃したのが現行約款なのであるが、その際、現行約款が保険金請求権行使の前提条件について特に規定を設けなかつたのは、右前提条件を弁済の前段階である賠償額の確定にまで緩和する趣旨であつたと見るべきではなかろうか。けだし、先履行主義の弊害を是正するためには、それで足りるのであるし、もし、右前提条件を賠償額の確定のさらに前段階――あるいは被害者が加害者たる被保険者に対し損害賠償の請求をしたこと、あるいは保険事故の原因たるべき自動車事故が発生したこと――にまで一挙にさかのぼらせる趣旨であれば、その旨の特約条項を設けたはずと考えられるからである。

現に、責任関係における賠償額の確定を保険金支払に先行させる取扱いないし解釈は、保険会社の実務において商慣習化しており、このことは、約款の解釈上無視すべきではないのみならず、現行約款がその文辞の不備にもかかわらず、責任関係当事者間における示談成立への承諾という旧約款以来の条項を温存し、また被保険者に右当事者間の訴訟の通知義務を課する条項を新設したこととあいまつて、右約款の改正が先履行の要件を撤廃したに過ぎず、賠償額の確定手続の先行までも不要とみた趣旨ではないとの右解釈を支持するものといわなければならない。

(ロ)  右の事情もさることながら、なお根本的なことは、もし、この前提条件を不要と解すると、それは、責任関係における確定手続とは別個独立に、保険関係の二当事者間で賠償額具体化のための手続を行うことの是認に導かざるを得ないということである。賠償責任保険という制度の本質上、先に述べた責任関係の判断の基準性すなわち、保険関係の権利義務が責任関係における権利義務を論理的前提とするものであることは認めざるを得ないのであるが、右のような事態は、この本質的要請に離反する側面があるといわなければならない。けだし、客観的に定まつているはずの賠償責任額も実際には確定手続をまつてはじめて具体化されるのであることは先に述べたとおりであるので、この具体化の手続が保険関係において行われるということは、本来責任関係で行わるべき具体化の手続が保険関係でも行われるということであり、二重の手間という点で無駄であるのみならず、両者が一致した金額に辿りつく制度的保障は、後記の併合訴訟の場合を除き、何もないわけであるから、それが相互に齟齬した場合の混乱を覚悟しなければならない。その結果、被保険者の期待が裏切られるような事態が多発すると、それは、単に個人的利害の問題にとどまらず、任意保険たる自動車対人賠償保険制度そのものの健全な発展を阻害することにもなるであろう。

もつとも、自賠責保険のように被害者に直接請求権を認める制度でも、この意味の無駄と混乱とは避けえないものがあるが、その場合には、被害者の迅速な救済という別の理念からする利益がその不利益を補つて余りあるのに反し、任意保険の被保険者の保険金請求権の行使のためには、そうまでして不利益を忍ぶ必要はない。無駄と混乱をさけて一度だけ具体化の手続を行うとすれば、制度の本質上、責任関係における当事者間の手続においてなさしめるのが至当であろう。

(ハ)  また、もし、人身事故の発生と同時に保険金請求権を行使しうるものとすると、この権利は商法第六六三条により事故後二年で短期間時効により消滅することとなるので、旧約款当時は賠償額弁済時を起算点としていたこと、また、自賠法上も第一五条による被保険者の保険金請求権の時効は被害者への支払時を起算点とするのに反し、同法第一六条の直接請求権が事故時を起算点としていることとの権衡を失するとの観がある。

(ニ)  さらに、責任関係における確定をまたずに、人身事故の発生と同時に保険金請求権が行使可能となつているとすると、被害者以外の債権者も、事故を知れば直ちに保険金請求権を代位行使しうることになり、被害者にとつて不利な、責任保険の性格上歓迎し難い事態を招き易い。もちろん、責任関係における確定を必要とすると解しても、確定後他の債権者の乗ずる余地はあり、他の債権者による差押を被害者に対し無効とするのでなければ被害者の保護は十分でないわけであるが、少なくとも、右の解釈の方が、確定を要しないと解し、賠償責任額具体化の審理が被害者と無関係な他の債権者と保険会社との間の訴訟手続が行われることを正面から認めるよりは、遙かに被害者保護に厚く、被害者の立場を当然顧慮すべき責任保険の本質に合致しているといえるであろう。

(6)  かようにして、保険関係における請求権行使については、責任関係における賠償責任額の確定が必要であるが、その要件としての効果は、請求権発生でも履行期到来でもないと解すべきである。けだし、保険関係の責任が現行約款第二章第一条のような文言を通じて責任関係における責任の存否に依存している以上、保険関係の責任も、具体化こそせられね、抽象的には事故時に発生したと見ないわけにはゆかないから、右確定をもつて発生要件と解することはできないし、また、これが不確定期限であつて、確定と同時に履行期が到来すると解することも、必ずしも適切でない。責任関係の判断いかんによつては、加害者が免責され、保険金請求権自体否定されることもありうるからである。むしろ、賠償責任の本質上、保険関係における請求権行使については責任関係における確定が不文の前提要件として要求されているものと解すべきであり、それで十分なのである。

(7)  したがつて、責任関係における賠償責任額の確定なしに保険金請求がなされる場合、原則としてそれは不適法であり、請求が訴による場合には却下せられるべきものであつて、その意味では債権者代位権の客体となつているか否かにより結論を異にすべきではない。本件保険金請求の訴の却下を求めた被告の主張は、右の限度では正当であると考えられる。

三しかしながら、本件においては、被害者たる原告は、元来責任関係における加害者に対する賠償責任の追求の訴を本件訴と併合して提起していたのであるから、その点を更に考慮に入れる必要がある。

(1)  当裁判所は、このように責任関係の訴訟と保険関係の訴訟とが併合されている場合には、右の「賠償責任額の確定」の要件は、一歩緩和されて然るべきであると考える。けだし、この場合、示談もなく、確定判決もないのであるから、先の理路に従えば保険金請求権行使の要件はまだ備わつていないのであるが、両請求が併合訴訟として審理判決される限り、先に責任関係と保険関係とで別々に責任額の具体化が行われる場合必然的に生じると論じた・二重の手間による無駄と判断が区々になることからする混乱の可能性とはいずれもそのおそれがないからである。併合審理により判決がなされた後の控訴申立も、先に見た賠償責任保険の本質ないし責任関係の判断の保険関係の判断に対する基準性から見て、責任関係が先に確定し保険関係のみが控訴審に係属することは差支えないが(しかし、この場合、保険者は、責任関係における確定判決の基準性に拘束されると解されるから、その余のことを争いうるのみである。)、逆に保険関係が先に確定して責任関係のみ控訴審に移ることは許されず、後者の場合には責任関係での控訴に伴い保険関係の判断も控訴審に係属するに至ると解すべきであろう。

(2)  かようにして、責任関係の訴訟と併合されることにより、保険関係の訴訟が例外的に適法となると解されるが、この見解に基づきつつ、被告の不適法との主張の一々を検討してみる。

(イ)  民訴法第二二六条の要件を缺くとの主張について。

被告がその理由として種々主張するところは、責任関係における確定が原則として保険関係の請求権行使の要件となることの理由づけとしては正当であること先に判示したとおりであるが、前記のように、この確定は保険関係の請求権の履行期とみるべきものではないし、権利、行使の要件としては右のように併合による例外を認める次第なのであるから、被告の主張は結局失当である。

(ロ)  民訴法第五九条の要件を缺くとの主張について。

1 被告の主張は、まず、責任関係の訴訟と保険関係の訴訟とが同条の併合要併を缺くと主張するものの如くであるが、前者が後者に対して基準性を有すること前示のとおりであり、直接間接の差こそあれ、両者いずれも同一の人身事故に由来する訴訟として、審理を共通にする利益あることは明らかであつて、同条の「同一ノ事実上……ノ原因」に基づくというを妨げない(したがつて、民訴法第二一条の適用あることも明らかである。)。

2 被告は、更に、保険関係の訴訟が債権者代位訴訟であることから、民法第四二三条の要件を云々し、両訴訟が主観的予備的併合の関係にあると主張している。しかしながら、通常の債権者代位訴訟において、代位権の基礎たる債権とその客体たる債権とが全く無関係であるのと異なり、本件のような場合には、被害者の加害者に対する損害賠償請求権と加害者の保険者に対する保険金請求権とは密接不可分の関係にあり、保険者の支払う保険金は、被害者に対する損害の賠償にあてられるべきもので、被害者は、いわば自己の特定債権を保全するためにその担保ともいうべき加害者の特定債権を代位行使するのであるから、加害者の責任財産の多少を問題にする必要はないと解すべきであるし、責任関係が未確定の間は保険金請求をなしえないと解する以上、債権者代位権の客体たる債権が既に適法に行使されているため代位しえなくなるという事態も起りえないから、民法第四二三条の要件の不存在を前提として両訴の併合の可否を論ずることは失当である。また、主観的予備的併合との点も、責任関係における請求の趣旨と保険関係における請求の趣旨とが二律背反の関係になく、逆に前者における判断が後者における判断の基準となる関係に立つているのである以上、失当といわなければならない。

3 被告は、また、かかる併合訴訟を一般債権者が提起しうることを前提として主張するところがあるが、この点は先に判示したとおり、責任関係における確定の先行を原則とする以上、被害者以外にこのような形での併合訴訟を提起しうる者は存在しえないこととなるので、問題を生じる余地はない。

(3)  以上のとおりであつて、本件訴が不適法であるとの主張は、本件訴が責任関係の訴訟と併合審理されることを前提とする限り、すべて失当たるに帰する。

四結局、本件訴は、単独の訴訟として審理される限り、不適法であるが、元来中間判決のため口頭弁論を分離したものに過ぎないのであるから、改めて以前の併合訴訟形態に復する限り、適法な訴となるものということができる。よつて主文のとおり判決する次第である。(倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

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